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描かれた記憶 〜人類の物語は一人の母から始まった 2003/06/21(テレビ朝日)
人間の限界って、
『思いついたことを止められない』
ところだと、僕は思っている。

アインシュタインがE=mc2を発見した時に、後に原爆に結びつくことを、判断できていただろうか?
発表するのどうしようかなんて、悩んだりはしなかっただろう。
クローン技術が開発されていて、それを人間にやっていいものかという問題が出ている。
反対の声をあげる人は沢山いるが、絶対にどこかで誰かがやってみるだろう。間違いない。

「それが何の役に立つのか」、「どういう意味を持っているのか」、それが判らなくても、試みちゃうのが人間だ。
思いついたことを、絶対に我慢できない。

チンパンジーと人間は99%遺伝子が同じなんだそうだ。
そして、訓練された賢いチンパンジーには、人間の2〜3歳と同じくらいに、言葉を理解する能力があるという。
番組の主題ではなかったけど、面白い実験があった。
幼児とチンパンジーに「リンゴの絵を描いてください」というと、
幼児はヘタクソなりに、それらしい絵を描くが、チンパンジーはただクレヨンでギコギコ線を描くだけ。
調教師の話では、「チンパンジーには、意味の無いことが出来ない。」のだと。
確かに、描いたリンゴを食べられるわけでもない。
「リンゴの絵を描けば→エサがもらえる」という訓練を受ければ、できるのだろうが。
そして最後は、『イマジネーションこそが、他の動物にはない人間だけの能力だ』と、まとめていた。

なるほどね。
僕らは、のっぺらぼうでも、会ったこと無いメルトモのことでも、たとえば「リンゴ寿司って知ってる?」と訊かれたとしても、
自分なりに「勝手に思い描く」ことができる。
見たこと無いものが見えそうだと、「見てみたい!」と強く思う。
「見てもしょうがないよ」という場合は、おそらく過去の経験と照らし合わせての判断なので、純粋に「見たこととないもの」では無いだろう。
リンゴ寿司なら、リンゴも寿司も経験しているから、「そんなもの食べてもしょうがない」という判断ができるだろう。
でも、初めてのメルトモなら、きっと会いたくなるだろう。
のっぺらぼう、暗い夜道では遭いたくないが、動物園にいたらぜったい見に行く。

その時、のっぺらぼうが自分の人生にどう影響するか、なんてきっと考えない。
考えたとしても、「う〜ん、わからない。わからないものは、見てから考えよう」
まだ知らないことに、出会ってみたい。
クローン人間も、僕は素直に見てみたい。
クローンとオリジナルが並んでいる光景をみてみたい。
100%まったく同じ人間が、育て方によってどう変わるのか、そういうことも見てみたい。
倫理的に大いに疑問はある。
クローンを臓器移植のストックとして使う、というのはちょっと解せない。
すごく怖いことが始まる、悪い予感もする。
でも「見てみたい」は正直な気持ち。

この『思いついたことを止められない』という、イマイチ不完全な能力。
人間が、『我慢しないでも、やらないでいられる』ようになった時、人間は次の段階に行くのではないかと思う。
チンパンジーが人間になっていくように、その時、きっと人間は人間でなくなる。
じゃどうなるか?
サッパリワカリマセン・・・。

チンパンジーは人間を、「自分より高度な能力をもった動物」とは思っていないだろう。
自分より下はすぐわかるけど、上は解らない。
あ、でも人間には『想像する能力』があるのか。
う〜ん・・・難しくてすぐには思いつかないけど、
植物って実は「人間より高度な能力をもった生物」なんじゃないかと思っているんですが、どうでしょう?。

もしかしたら、すでに人間が進化した生命体は、今もいるのかもしれない。
人間が気が付いていないだけで、同じ世界に同居しているのかもしれない。
宇宙人と呼ばれている人かもしれないし、地球を離れてどこかに移住しているかもしれない。
陸から海に戻っているかもしれないし、物体としての姿を持たない存在になっているかもしれない。
霊って呼ばれている連中が、実はそうなのかもしれないし、神かもしれない。

そういえば、20代前半の頃、ある仮説を立てたことがあった。
ただの仮説だし、その後研究もしていないから、証明はもちろんされていないけど。

生命体は、実体と意識体の2種類(以上)あって、
それらは『この世界』(この地球であり、この宇宙)に同居している。
同じ世界(平面)でありながら、それぞれにレイヤー(階層)ごと分かれて存在していて、
コンタクトのチャンスは少ない。

ちなみに、このとき『時間の流れ』は、問題にはしない。
同じレイヤー内でも、すでに一定ではないので。
(だって、ネズミと人間の時間の感覚って違うはずだし、子供から大人になると、どんどん早く感じるでしょ。
だから『時間』は個体ごとにあるもので、主観扱い。
日の出・日没も地球内で起きるただの自然現象でしかない。)

いま僕がコンピュータに向かっている、そのすぐ脇にも、別の生命体がフワフワ存在しているのかもしれない。
そのフワフワを見える人間が、霊能力者とか、超能力者と呼ばれていて。
僕も肉体を失った時に、脳からこの意識だけが抜け出して、フワフワと宇宙を漂う。
そんな風に考えるのはどうだろう?

いやぁ、長かったですね、ここまで。
付き合って読んでくださったかた、どうもありがとう。
ヘンなこと考えてみる、いいきっかけになってくれた番組でした。
で、このコラムの結論として、いま僕にわかっている事は、

『人間にはイマジネーションがある』
でも
『思いついちゃたことは、絶対に止められない』
結局、
『人間に想像力がある以上、この世界を完全に理解するのは不可能』
ということです・・・・。

あれ?
『この世界を完全に理解するのは不可能』
だから
『人間にはイマジネーションがある』
のかな??

あ、ループし始めたら、もうダメですね。
人間てこんな程度なんじゃないかな、きっと。
期待しているよりも、かなり無能。

何のためにこんな長いコラムを書くのか、読ませるのか、わからない?・・・・ですよね。
スンマセン、僕にもわからないのです。
ただ・・・
思いついちゃったことは、止められんのですよ。
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