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フィリップ・ルフェーヴル パイプオルガン・リサイタル 2003/05/27 武蔵野市民文化会館
数年前イタリアを旅行した時に、小さな教会でパイプオルガンを弾かせてもらうチャンスがあった。
アコーディオンのオバケみたいな蛇腹が、パイプに空気を送る音、蛇腹を動かす巨大なモーターのうなり。
パイプから発せられた音は、石造りの教会で響きあい、天のステンドグラスから降りそそぐ朝の光とともに、荘厳な旋律を・・・・奏でなかった。
弾いていたのがヘタクソな僕だったから・・・。
その時以来、ちゃんとした演奏家の生のパイプオルガンを聴きたいと、ずっと思っていた。

ところで、楽器というのは普通、奏者の体の一部と化しているものである。
ギター・ドラム・バイオリン・トランペット・・・・
自分の肉体のように自由に扱えてはじめて、一人前に弾きこなせるという前提条件なのだけれど、パイプオルガンの場合はそうもいかない。
ホールに据え付けられた、幅5m高さ10mの銀色に輝く巨大なパイプ群は、楽器というよりは装置で、当然持ち歩きなんてできない。
これはもう立派な建築の一部。

聴衆が見つめるのは、ステージ中央の巨大な装置に向かう、奏者の後姿。
巨大なマシーン、格闘する技術者、なんだかSF映画のよう。
エネルギーを使わない原始的な方法で、光をあやつり、音をあやつり、建築をあやつり、ここにない世界を作り出してしまう。
ステンドグラスから降りそそぐ天の光、きらびやかなパイプ群、荘厳な音色、
かつてキリスト教は最先端の文化を創っていて、それは今で言うSFの世界だったのではないかと、音の洪水に揉まれながら感じた。

パイプオルガンは、そのほとんどの時を、誰もいないコンサートホールで、息を潜めて、演奏家との出逢いをじっと待っている。
BBキングは「ギターはオレの女なんだ。だから他の男には抱かせないんだよ」と言ったけど、
旅人の演奏家と出会うその一瞬、神々しいまでの輝きを放ち、そしてまた静かに眠りにつくパイプオルガン、
その一期一会もまた、壮大でロマンのある人生だな。

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