| □index□ ■column■ |
| 小高い丘から眺むフィレンツェの街並み、響きあう鐘の音のようなエンヤの音楽。 テレビコマーシャルを見ただけで「もう、だめ・・・」だった。 あまりに美しくて・・・心の一番敏感な部分に、くさっと刺さっちゃうというか、「もう、だめ・・・」な感じ。 僕は、辻仁成の小説が大好きで、たぶんほとんど読んでいる。 『冷静と情熱のあいだ』も発売されてすぐ読んだ。 この作品は最初小説として、発表された。 そのときの連載の仕方が変わっていた。 ひとつの物語を、辻仁成が主人公『順正』の視点で、江国香織が『あおい』の視点で描く。 辻が1話書き、江国が1話書き、また辻が1話書き・・・という連載のかたち。 連載のときに読んでいたかったが、残念、本になってから読んだ。 辻の物語は、彼の小説の中で、パッサジオと並ぶくらい、たいへん素敵な物語だった。 続けて江国香版も読んだ。 んん・・・残念だが、大したことなかった。 そして映画版。 映画館には足を運ばなかった。 「お金を払ってまで見る価値があるか?」と考えた。 映像と音楽は素晴らしいとコマーシャルでわかっていたのだが、キャスティングがしっくりこなかった。 僕のイメージでは主人公はあんなに完璧な美男美女のカップルではなかった。 むしろ、グズグズした優男と、ぼわーっとした女性、というイメージだった。 順正が、あおいを引きずりながらも付き合っている今の恋人芽美は、あおいとは正反対でいまどきの天真爛漫な『女性』というよりは『女の子』だと思えたし、 同様にあおいの今の恋人マーヴは、順正を思い切るために選んだ、やはり正反対の男性、僕のイメージではマッチョな白人だった。 いま、テレビ放送で見て思う、映画館行かなくてよかった、これじゃ金は払えない。 「小説と違うからダメだ」なんていうつもりはない。 映画は小説とは別モノとして、好ければそれでいいじゃないか、とも思うのだが、今回のは酷い。 小説のストーリーをそのまま追っかけて、必死に2時間に詰め込んでいる。 そのため、小説では淡々とした日常がベースにあって、時々事件が起こっているのが、 映画では「事件が起こりっぱなしの毎日」になっていた。 これで『感動しろ』という方が無理だ。 もうとっくに別れている二人が、それぞれに恋人がいて、それなりに人生を歩んでいて、でも心にはいつも別れた相手のことが引っ掛かっている。 そんな日々が延々と続いて、それが数年後のある記念の日に、フィレンツェの街中を見渡すドゥモォのてっぺんで再会するから劇的なのに、 始まって15分で再会しちゃったら、全然劇的じゃないでしょ。 でも、誉められるところもある。 物語の描き方と、キャスティング以外は、全部良い。すごく良い。 少し霞が掛かったような映像もいいし、それを支える背景(美術っていうのかな、順正のアトリエの雰囲気とか)も良かった。 特に下北沢の喫茶店でデートしてる回想シーンの映像は、素晴らしい!! 窓から差し込む光の泡立ちが、まるでフェルメールの絵画のように、時間を止めてしまう。 フレンツェの雰囲気と、エンヤの音楽も、マッチしている。 じつはこの映画の良い部分は、テレビコマーシャルですでに充分伝わっていて、物語を全部見る必要は無かった。 どんなにお金を掛けた映画でも、監督が不味いとどうにもならない、そんなお手本になってしまった。 誰か他の監督で再トライしてもらえないものだろうか。 できれば、順正の視点からと、あおいの視点からの2本立てで。 キャストは誰がいいだろう。 あおいは、本庄まなみ かな。 順正は難しいな、若いときの辻仁成が一番似合うとは思うけど。 芽美は、若いアイドルなら誰でも良さそう。 マーヴは、ん〜ん・・・・・・・・・ダメだ、チャック・ウィルソンしか思いつかない。 |
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