| □index□ ■column■ |
| 久しぶりにイッセー尾形を観てきた。 5年くらい前までは結構見に行っていたんだけど、なんとなく観なくなってしまっていた。 僕がイッセーをよく見に行っていたころ、本間シゲルという、やはり一人芝居の人が注目され始めていた。 その頃イッセーは女性は演じないと決めていたようだったが、本間は女性も演じていた。 ある雑誌に本間シゲルを評す言葉として 『イッセーの一人芝居には芸術性があるが、本間シゲルの一人芝居はただ面白い』 と書かれていた。 両者への誉め言葉だったんだろうと思う。 ところが5年位前から、イッセーも女性を演じるようになった。 本間を意識したわけではいないだろうが。 それまでの、可笑しさと暗さが同居したような芝居から、バリエーションが広がり底抜けに明るい芝居になった。 しかし僕にはそれが、 「以前のイッセーには芸術性があったが、今はただ面白い、だけ」に感じらてしまい、それ以来イッセーの芝居には足を運ばなくなってしまった。 渋谷ジャンジアンがなくなってしまい、リーズナブルな価格では観られなくなってしまったのも大きな原因ではあるが・・・ で、数年ぶりに観るイッセー尾形、どうだったか。 ものすごい迫力だった。 すげーもの観せられちまった・・・。 席が前から2列目だったこともあるけれど、そういうことでは説明できない、 『圧倒的な表現』 テーマが、「犯罪のすぐ傍の人々」に絞り込まれていたせいもあるかもしれない。 でも、理屈では説明できない、圧倒的な何かがそこにあった。 『超えてしまったカンジ』と言ったらいいのか。 これを芸術って呼ぶんだろうなと思った。 通常の状態、演劇という枠 そいつらをいっぺんに超えて 「もう、なんだか解んねーけど、すげぇ」 って状態。 今思えば、昔のイッセーにあったのは、文学性と言い換えられるのかもしれない。 でも今、桃井かおりの能力と掛け合わされて、とんでもないものになってしまっていた。 今のイッセーなら5000円出して観る価値はある。 出せる金があるかどうかは別にして。 |
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