□index□   ■column■


地球儀 
 ここ数年探しているものがある。
僕に子供が生まれたら、彼への最初のプレゼントにすると決めている、特別なもの。
いつも注意して探しているのだが、残念ながらまだ納得がいくものが見つからない。

 小学校入学のとき、僕は両親から大きな地球儀をもらった。
世界が国ごとに丁寧に色分けされ、国名はもちろん、緯度・経度・赤道・日付変更線、主要な都市の名前までしっかりと書き込まれた立派なものだった。
この地球儀で、赤く塗られた柿の種みたいなのが、僕が住んでいる日本だと知った。
自転車で日が暮れるまで精一杯走り続けても、市内をを1周することすら難しいのに、
僕が存在しているのは、この大きな球の中では、真っ赤な柿の種の、そのまたゴマ粒にも満たない東京の、そこから先はもう目で追うことすら出来ない東村山の富士見町。
 地球儀は赤い色で、『あなたの場所はここですよ』と指し示しており、自分でも気づかぬうちに、その感覚は深く刷り込まれていた。
僕の与えられた居場所はこの赤いところ。
日本から出てみる、なんてことがまったく思いつかなかったほど、地球儀は僕を無意識のうちにコントロールしていた。

 22歳で初めて僕は日本から出てみることになった。
生まれて初めて乗る飛行機、初めての一人旅。
たった半月のイタリア旅行が、僕の固定化されかけていた価値観をガラリと変えてしまった。
それは、いままで無意識のうちに自分を縛っていたカセが外れた瞬間だった。
『地球は全部繋がってる』
「赤くないところだって、行ってもいい、住んでもいい、」そんな、当たり前のことが、はじめて体でわかった。

 イタリアの地面は、日本と同じ色をしていた。
土は茶色だし、木の葉は緑だった。
地球の上を半周飛んでみても、国ごとの色分けも、日付変更線も、規則正しく縦横に引かれたラインも、そんなものは無かった。
土地も海も雲も、全部ずるずるっと繋がっていて、境い目なんてただのひとつも無い。
 地図なんて地球儀なんて、誰かが『勝手に』作ったものだった。
便宜的に勝手にいろんな境い目を決めただけのことで、そんなものは普遍ではない。
北極が上である必要もなければ、トイレットペーパーのように横軸回転だっていいはずだ。
そんな簡単なことを理解するのに、僕は22年もかかっていた。
 旅が終わりに近づくにつれ、『僕はどこにだって行ける。何だってやれる。』と実感していた。
自分の人生が無限の可能性を持っているのだと、その時初めて本当の意味で、理解した。

 このデッカイ地球で、僕は1匹のアリと、そう大差はない。
僕はただの1匹の人間でしかなく、だからこそ、僕はまったくの自由なのだ。
いまの居場所に留まらなくたっていい、嫌になったら出ればいい。
絶えられないほど、死にそうになるほどそこが苦なら、いつだって別のところに、自分の居心地のいいところを探しに行けばいい。
逃げるんじゃない。
自由に移動するんだ。

 旅から帰ってきて、僕には小さな夢ができていた。
僕に子供が出来たら、まず最初に地球儀をプレゼントする。
その地球儀には、国ごとの色分けなどされてなく、罫線・緯線もなく、日付変更線も無い。
台座も枠も軸もない、宇宙から見た本物の地球のミニチュア。
誰の価値観も、常識も、制限もない、まっさらなただここにある現実だけを表す地球儀。

 ジョンレノンが歌った『There is no country』の日本語訳は、『国境は無い』では不適切だ。
countryは『国』じゃなくて『国・故郷・田舎・地域そういった“くくり”という概念そのもの』のことだ、きっと。
 イタリアをひとりでウロウロしているときに、たまに東洋人を見かけるとそれだけで嬉しかった。
それが日本人なら最高で、
『どこに住んでんの?オレ東京!』『オレ静岡!』『マジ?近いじゃん!!』
近いか?
でも、そういうことだった。
距離なんて比較の問題で、どのスケールで見てるかの違いでしかない。
 『country』もそう。
武蔵野市民だろうが、那覇市民だろうが、日本国民だし。
日本人だって、韓国人だって、東洋人。
東洋人だって、西洋人だって、同じ一個の球の上に暮らすお隣さんじゃないか。
ガガーリン船長が初めて、無限に巨大な真っ黒な闇と、そこにポツンと浮かぶ真っ青でちっぽけな地球を見て、「人生観が変わった」と言っていた。
彼に限らないことだが、宇宙飛行士は地球に帰ってくると、慈善活動に興味を持ち、それに半生を費やす人が多いという。
『Imagine,There is no country』
そう、「みんながそう思えば、簡単なこと」のはずなんだ。

 世界中の地球儀メーカーさんよ、早く本物の地球儀をつくってくれ。
しかも、とびきりデッカイ奴を。
そのうち生まれてくる、僕の子供にプレゼントするんだから。
back