【"ちょっと"産業】080212
世の中にデザインばかりが溢れていく。
おいデザイン屋、
付加価値で世の中が溢れちまうぞ。
デザインする、その本体の方はまだあるか?
きれい、カワイイ、カッコいい、美しい、
そんなことに、なんの意味があるのだろう?
不安な時代、
心の隙間を埋めるために人々が欲しがるマボロシを
せっせセッセとクリエイト。
人間が増えすぎていて、地球が壊れかけていて、人間の無能さを人が嘆き、
不安要素だけが確実に膨らみつづけているのただ見ている、無力さと淋しさ。
それをひととき忘れるために魔法の言葉。
「ちょっと豊かな生活って、いいですよね」
もうデザインは宗教と同じ。
付加価値のバブルはブクブク、
本体はどこかへ置き去り。
アーティストは"ちょっと"じゃないものを見せてくれよ。
飢えも核戦争の世界をも救えるアートが、
もうそろそろ必要なんだ。
世の中が"ちょっと ちょっと"の付加価値合戦に右往左往、
ヘトヘトになるまでやってる間、
オシャレもステキも関係ないところで、
黙々と食うものを作り続けていた、
あのひとたちこそが、じつは本当のクリエイターだ。
僕たちは茹でガエル。
本当にいま作らなきゃいけないものは見ないようにして、
マボロシで世界を埋めようとしている。
名前は、サバイバルデザインという。
殻のことばっかり考えている、本当はいちばんの臆病者。
硬くて やわらかな殻をつくろうとしてる。
僕らもこれからは少しずつ、
考えるだけのクリエイターからは脱却してかなくちゃいけない。
「ちょっと豊かな生活って、いいですよね」なんて言わない。
「本物の建築は、傷を負った人の心だって救える」
僕は本気でそう思っている。
【アート】080127
恥ずかしながら、初めて『アート』を買った。
画集・写真集・ファッション・器・文学・レコード・建築も、
そういえば、この世のどんなものにも、何かしらの具体的な用途や、共有可能な価値がついてまわる。
霧のように消えてしまう一瞬のコンサートや演劇だってそう。
思いきって「ええい、自分にご褒美だっ!」と清水の舞台から飛び降りるように身銭を切るとき、
その背中を押してくれるのは(きっと何かしらの役に立つ・ためになる・今買わなきゃ後悔するだろう)という、安心感。
来客を意識したインテリア用のアートもそう。
最近なら(ブログで書ける)なんて気持ちが心のどこかに潜んでいることもある。
買ってみて初めてわかったのは、
アートは、『なんの役にも立たないもの』。
複雑なこの世の中で、どーっこにも引っ掛からず、キレーになんの役にも立たない。
日曜の公園で、ばったり彼の写真に出会って、
(あぁ、これほしいなぁ・・・)と思った。
1枚1000円と書いてあった。
えっいいの?それなら僕らにだって買える!
僕もカミさんも3歳の我が娘も、気になったのをいくつか選んだ。
物欲ではなく(もっと見ていたい)と、気になるものだけ。
写真家の彼は「ありがとう!」と言って、
僕らも「こちらこそ、ありがとう!」と思った。
晩、娘は自分で選んだ雪原の写真を、壁の 彼女の見やすい高さに貼っている。
自分のために、貼っている。
僕も、(自分にしては珍しく心に引っ掛かった)花びらの大きな写真を、書斎の窓上に貼った。
別の、一番魅かれていた 無限の時間に吸込まれるような白樺の林の写真の方は、
すこし迷ってから、埃を払って封筒にしまった。
これはどうするか、またゆっくり考えよう。
人の心の奥の奥で静かに湧き出している透明な宇宙。
その脆い純粋さを焼き付けた一枚のアートに、静かな夜 無防備に出会うとき、
もう「彼の写真」ではなくなっていて、誰のものでもないような、誰のものでもあるような、
ぽっかりと空いた入口になっている。
これがアートなのか・・・。
なんの役にも立たないもの、
なんて弱くて、なんて みずみずしいんだろう。
[→保坂彩樹HP]
【毎日】080126
毎日、
キミがなにをしていようと、僕には関係がない。
世の中に暗い出来事が重ねられていようと、我が家には影響はない。
「どんどん世の中が悪くなっていきます」とわざわざ教えてくれるテレビも、
「こんなに悪いヤツがいます」と逐一報告してくれる新聞も、
「小さなことに気がつきました」と精一杯を綴るブログも、
僕にはいらないなぁ。
更新のない『Daily』、もし時々でも覗いてくれていたらごめんなさい。
毎日、何をしているか、何を思っているか、
書いたっていいんだけど、
ま、書かなくたっていいか。と、思ってました。
どこかの誰かとはほとんど関係のないところで、
僕は今までと変わらず仕事でアタマを悩まし、
時々なにかを発見して、
新しい依頼に喜んで話しを聞き、
子育てや家事をして、ときどき人と会ったり出掛けたり、
三歩進んだり二歩下がったり、喜んだり落ち込んだ迷ったりしながらの変化のある日々を、
まぁ変わりなく送っている。
とても小さな毎日。
あれをやんなきゃ、これも見なきゃ、
遊びにいかなきゃ、お酒を飲まなきゃ、
なきゃ、なきゃ、なきゃ、
忙しい、忙しい、みんな忙しいね。いつでも忙しい。
昨日と違う毎日が、刻んでいる間に過去になる。
見つめているうち、狭くなる。
気がつけばいつの間にか渦の中。
もうそろそろ出なくっちゃ。
デジカメと携帯電話は家に忘れておこう。
さぁ、
「いち ぬーけたっ!」
2007.11.12 (mon)
連鎖コラム【打合せでの格好】
須永豪→敷浪一哉さま
こんにちは。須永です。
先月の飲み会は有意義でしたね。
ところで相談なのですが、
profileのコラム機能を使ってちょっと遊んでみませんか?
(面白く発展するかはわかりませんが。ははは。)
じゃぁ、取っ掛かりとして。
『建て主さんとの打合せでの格好ってどうしてます?』
個人で仕事をしていると、自分のやり方を通せる自由がありますよね。
そこで、他の建築家のかたはどうしてるのかな?と思って。
僕の場合はスーツを着ることはまずなくて、
いつもかなりカジュアルな格好で、建て主さんとも会ってしまいます。
現場にも行きます。
ま、建て主さんと会うときはなるべくキレイ目な格好を心掛けているつもりですが、
「あの人の服のセンス、マズいね」とか言われてるかもしれません。
自信はありません・・・。
唯一決めているのは、「ジーンズは履かない」こと。
(これは現場に行くときも)
理由は・・・、
うまく説明できないのですが、
じつはスーツを着ないことと、同じ理由のような気がします。
シキナミくんの場合はどうですか?
2007.11.11 (sun)
半年前にリニューアルのデザインをした吉祥寺のレストラン ラグーンのwebsiteができました。
よかったら見てみてください。
僕は以前からここの料理のファンでしたので、
味の方は自信を持ってお薦めできます。
須永家では「吉祥寺で一番美味しい」と評価されています。
あんまり「美味しいですよぉ!」と書いてしまうとウソ臭くなってしまうので控えますが、
お近くにいらした際は、ぜひ一度お試しくださいな。
2007.11.06 (tue)
遠視用メガネを術後1ヶ月してつくった。
一日中コンピューターを見つめての作業になることがあるので、
それ専用に、けっこう強い度の老眼鏡。(度数は忘れました)
そのメガネ屋さんいわく
「遠視メガネってまだ目のいい子供でも、宿題や読書のためには必要。
視力の良い目を維持してあげる、それは親の勤めだと思いますよ」とのこと。
始めて聞く話しだけど、僕もせっかくピントが合った目ん玉くんを大事にしたいので、
遠視メガネ使っている。
使ってみると、コンピューターの画面がワッと大きく見えるので、結構いい。
オモシロかったのは、
以前は強度の近視メガネをしてたおかげで、実際より目が小っこくなっていたのが、
今度は実際より大きくなってる!
なんだか少女マンガのような目だ。
2007.11.05 (mon)
朝の家がまた別の本にとり上げていただけることになったので、
コンセプトを以前書いたものをベースに、またあらためて書き直してみた。
時が経つと、文章も少しずつ変わってくるものみたいだ。
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陽の射さない昔の家がありました。密集した住宅地です。
ここで家を建て替えることになりました。
お父さんは「陽当たりを」と言い、
お母さんは「階段はあんまり・・・」と言い、
息子さんは「いずれは二世帯に」と言いました。
建て坪は9.5坪です。
光は住宅街の隙間を縫って射し込むようにしました。
プランの一部が三角形なのはそのためです。
少し高台にあるこの家には、夜の闇が解けるとともに陽が射しはじめます。
だから「朝の家」。
還暦を過ぎたご両親のために、寝室と水廻りは1階。
階段を昇り降りしなくてもワンフロアで生活ができます。
息子さんはいずれ結婚もするでしょうから、建物は箱として最大の容量を確保しおきました。
視線が上へ下へ奥へ外へと抜けていくように作りましたので、狭さはまったく感じなくなりました。
小さな敷地で生まれ替わった家はやはり小さな建物ですが、
新しい家はとっても明るく広くなりました。
いつかこの家は6人家族の2世帯住宅にだってなるかもしれません。
未来への可能性をたっぷり秘めて小さく産まれた“朝”の光です。
そしてまた設計した私自身にとっても、これが初の単独物件でしたから、
今思えばこの小さな希望は、私にとっての「朝の家」でもありました。
2007.11.04 (sun)
以前手掛けた朝の家が、
現在発売中の雑誌『助六』に掲載されています。
『新しい「和」の提案』という扱いで6ページの掲載です。よかったらご覧ください。
(もう9月に発売されていたのですが、いまごろのアナウンス・・・ははは。
幸い季刊誌ですので、まだ売っていると思います。)
2007.11.03 (sat)
吉祥寺の家具ショップ『transista』で鈴木全太写真展が今日から2週間ある。
静かで、見つめるんじゃなくて見つづけている写真。
キューバの街角。人がなんとなく路地をブラブラしている。
「撮っても、撮らなくてもいい」そこまでいって、シャッターを押した。
そんな感じ。
だから、自分の壁にインテリアとしてポッと掛けられる。
念の強いアートは部屋に飾ると心を乱されてしまう、美しすぎる毒花のようで、
購入する・所有するのにすごく深い悩みに陥るけれど、
transistaで掛けられていた写真たちにはそれがないので、安心して所有できる感じがある。
よく訊いてみたら、紙焼きを撮影者本人ではなくプロデューサーが間に入っておこなったとのこと。
ネガに焼き付けられた絵を、もうひとりの人物が冷静な心で解釈し翻訳し、
大切に大切に「観る人」との心の距離を測りながら、着地点を探していく。
まるで、絵本作家のような心での作業だったのではないだろうか。
しかも教えてもらうまで気が付かなかったけど、
このプリントは高精細なインクジェットプリンタで仕上げられたのだそうだ。
だから、ここまで安心して見られる作品に仕上がったのだろう。
機械のプリントアウトなら、掌の温度と生々しい緊張を感じなくて済む。
たいてい写真というのは作品も一般のスナップ写真も、
第三者が観た時に、・・・すごくドキドキする。
他人の目玉(心)の穴から世界を覗いてしまったようなタブーが、
心の端に魚の骨みたいに引っ掛かる。(安部公房の『箱男』に近い感覚)
「撮っても撮らなくてもいい」とこまでいった撮影者と、
素材の小骨を黙々と取り除いていったプロデューサーの静かな優しさ。
そこまで洗われて、やっとこの『インテリアとして掛けられる写真作品』は産まれたらしい。
けっして二流の芸術作品のことではない。
吉祥寺の賑やかさからはちょっと離れた家具のお店。
質実で美しき家具達や鉢植えのグリーンと並んで、
「ひとの、ちょっと少し豊かな暮らしって、
もしかしたらこんなことかも知れませんよね」
と控えめに語りかけてくる。
すごく、いい場面に遭遇させてもらった。
2007.11.02 (fri)
flatmanというバンドを見てきた。
充満する音楽のエネルギーを感じられて、
たまらなくいい気持ちだった。
久々に味わった「連れていかれる」感じのするライブ。
彼らがもっともっと大きいハコで演っている姿が想像できる。
このままグングン伸びていって、
本当にうんとうんと多くのひとに聴いてもらえるといい。
チャンスさえあれば、彼らの音楽は確実に人の心に届くだろう。
ここでなにを書いたところで世の中に何のアクションにもなりゃあしなけど、
リンクを貼っておくのでよかったら是非聴いてみてください。
『バスと彼女』という曲のプロモーションビデオが見られます。
「ありがち」「いまどき」なんて安い言葉で
切り捨てるひともいるかもしれないけど、それはすごくもったいない。
少なくとも僕は、彼らの音楽と言葉にすごく感じるものがあるのです。
2007.11.01 (thu)
炭は、
お互いが関係し合って、燃えていく、
真っ赤になった炭も一本だけでいては、すぐに冷めて黒いカタマリに戻ってしまう。
2・3本向かい合わせにしておくと、互いに熱をジリジリやり取りしながら、
持続的に燃えていく。
でも、くっ付き過ぎてもいけない。
苦しいほどに密接だと、ミカンが箱で腐っていくように、やはりダメになっていく。
ほどほどの風通しと、お互いに影響をジリジリ感じられくらいの近さがあると、
燃え続けることができる。
真っ赤だった炭も外気に熱を奪われるのか、
少し冷えて黒っぽく戻るときがある。
そのときは灰の中に軽く埋めてしばらく放っておくと、
自己を回復するかのように、またチンチンに真っ赤な、元気に熱を発する奴になる。
真新しい黒い炭を投入するときは、
いきなり燃え盛った中へ放り込だら破裂する。
破裂を繰り返し、燃えることなく惨めにただ粉々になっていくだけ。
しばらくは火の外側で様子を見るように寝かせて、環境に馴染ませてから参加させる。
文字通りのウォーミングアップ。
ただ、新しい炭は燃え盛った真っ赤な炭たちに外側から添わせてみても、
それでは火は一向に移らない。
さかんに燃えている連中を一旦バラして、
新入りをど真ん中に据え、真っ赤なみんなで包み込むようにしてしばし待つ。
頃合いを見て掘り返してみれば、
新人は今や誰よりも赤々と、今にもドロリと溶け出しそうなほどの盛りで燃え、
疲れをみせ始めていた老兵に熱を与え支える役割にまでになっている。
思わず、「あぁこれが若さなのだな」と感心する。
そしてまた火種を一旦バラし、まだ黒い新人を中心に投入し、
先ほどの若者は包み込む円陣に加わる。
こうして少しずつ世代を交代しながら、
炭は燃えることを続けていく。
なんだか、これは人生訓みたいだな。
火鉢を手にいれて一週間。
バーベキューすらしたことのない僕にも、
ようやく燃やし方が少しずつわかってきた。
・・・かと思えば翌日は、火がちゃんと持続してくれなかったりする。
いい日もあれば、乗らない日もある。
気まぐれなところも、また悪くない。
2007.10.18 (thu)
「建築家の作品づくりではありません。
あなたのための家づくりです」
一見正論に見えるが、
建築家というのは、作家のことだ。間違ってもらっちゃ困る。
写真家、画家、文筆家、
作家はいつでも『作品』を世に出現させるために、命を削っている。
自己満足なくして成り立たない、作家固有のワールド。
(コトバは悪いけど)その世界に釣られて依頼してきておいて、
「ここでは私のための家づくりに全力を注いでくれれば、それでいいのです」
なんて話しはないだろう。
あなたの家、それはわかってる。(幸せへのお手伝いをしたい、それくらいの善意だって持ち合わせているさ)
その上で建築家は、ただのあなたの家を超えたものをつくろうとする。
『建築家』という言葉は、だいぶいい加減に使われていて、
魂のないただの設計屋も、商売熱心なプロデュース会社も、オキャクサマという小さな王様も、
この曖昧な言葉を、自分の都合のいいように利用する。
フォトグラファーはhanakoの取材で付いてくるカメラマンと違うでしょ。
画家とイラストレーターも違う。
小説家はライターさんと違う。
同じように、建築家はただの設計屋とも違う。
作品づくりに魂を込める、作家だ。
(ま、「建築家は芸術家か?」という議論は、あっちの方で何百年でもやってもらっとくとして)
ところで、須永豪は建築家だ。(自分で宣言するのは気恥ずかしいけど)
いままでもこれからも、しょうもない建物をつくる事は、ない。自分なりの意義を持ちながら作っている。
じゃぁ、どんな作家なの?
この問いに自分で答えるのはなかなか難しいものだが、なんとか言葉にしてみるなら、
完成したての作品をクライアントが・世間が「こんなのダメだ」と酷評したとしても、
30年後とか100年後とかクライアントが死ぬ時にでも、
「あ・・・、この建物でよかったんだ・・・」
と思ってもらえる建築作品を産み出したいと思っている。
建築は射程が長い。
人間の心は移ろうものだけれど、建築はいつでも静かにとどまっているもの。
そんな思いも一端となって、
僕は『サバイバルデザイン』という名をつけたんじゃないかと思う。
※い、いちおう断っときますと、
僕の場合は理解あるクライアントに恵まれてます。ホントです。
時々一般住宅雑誌を見たりすると、
『建築家』ってのがトンチンカンに扱われていてイラッとくることがあるので、
ここであらためてスナガの立場を表明しておきました。はい。
2007.10.17 (wed)
「おならぁー!」
と言えば、ウケると思ってる。
3歳7ヶ月。
かわいいかわいいの時期は、もうそろそろ終わりなのだろうか。
2007.10.16 (tue)
「草とか土とか木とか、踏んで柔らかい素材に舗装を換えましょう」
ウチのそばの、商店街活性化のミーティング。
また勝手なことを言ってみた。
その場の思いつきのわりに、展開がいろいろできそうだなぁと、
発展形がジワジワ思い浮かぶ。
グリーンベルト商店街。
悪くないかも。
2007.10.15 (mon)
この一年くらい、食の改革。
まず、「晩ご飯はお替わりをしない」ことにした。
次に、「大盛りは注文しない」ようにと決めた。
ここ1ヶ月でさらに大きく変わりつつある。
なんと、よく噛んで食べている。
「噛むのは胃の仕事」だと言い続けてきたのに、
今では、一口あたり30回くらい噛む。かむ。カム。
あと、人間の体に牛の乳はやっぱりいらないという結論に至った。
肉・揚げ物・乳製品もなるべく口にしない。
どうせ外食の際には避けられないのだから、ウチではあまり食べない。
もうこれからどんどんオッサンになるだけなので、
健康になりたいのです。
2007.10.14 (sun)
インターネットってのは、
どういうわけか、見れば見るほど、淋しくなる。
結局自分は独りだ ってことを確認して、
電源を落す。
その繰り返し。
2007.10.13 (sat)
『味付け』
って言葉が悪い。
「食材そのものに味はなくプレーンなものだから、
食べられるように味をつけてあげましょう」という無意識への刷り込みになる。
だから、
『味足し』って言えば良いのだ。
「食材にはそれぞれ味わいがあります。
もしなにかそれ以上に味を加えたいのなら、まぁ、・・・どうぞ」
2007.10.12 (fri)
怪我しないようにセーブしてみたり、
照れてながらこなしておいたり、
ハッスルでねらってみたり、
色々考えたが、どれもピンとこない。
運動不足にむくんだ身体、止まった風にすら負けながら、
あっぷあっぷと歯茎を剥き出して、
でもスッ転ぶほど全力で走るのだ。
オマエが見ている前で、
生きてることに手を抜かない。
たかだか保育園の運動会だが、骨一本までなら犠牲も覚悟しよう。
必要とあらば、捨て身の大人を見せてやる。
オマエのとうちゃんはそういう人間なんだぜ。
(・・・と書きつつ、父兄参加の競技がありませんようにと心の中では祈っている)
2007.10.11 (thu)
『パンテオンの、アナ』
・・・なるほど。
空(くう)、内なる宇宙との接続。
安藤忠雄の『住吉の長屋』の中庭、
木のない中庭が、宇宙につながる。
すっきりしない空隙。
建築の強度に必要なのは、美しい廃墟になり得る、
存在としての強さを秘めた『殻』。それは気が付いていた。
あともうひとつ、
そうか、あいつ、うまいこと言うなぁ。
『パンテオンの、アナ』か。
2007.10.10 (wed)
さて、またなんか書いてみるか。
この数ヶ月隙間があいてるのは、
サービス的文章はいいや、って気になってきていた、それも確かにある。
ホントは書き留めてきたい思いつきとか気付き、出来事、
それはそれでいっぱいあるのだけど、
ただ、誰にでもわかる言葉で書くためにはけっこうな労があって、
いまはその労が捻出できなくなっている。
書くことは、整理すること。
でも、整理している間に、頭が次に行ってしまうと、
もう、書くことが困難になる。
本人の感覚の世界だけが先行して、
整理するもうひとりのスナガさんは追うのが面倒になる。
『須永豪』というひとは、もともと根っからの内向的なのだ。
社交的な方のスナガさんは、ウルトラマンくらいの滞在時間でちょうどいい。
もうここは、コラムというつもりじゃなくて、
「わかっても、わかんなくってもいいや」というくらいのスナガのメモ帳として、
頭の中がゴミ箱みたいなのと同じように、
伝えたかったり、理解されたかったりする欲とかサービス精神はめんどくさいから捨てちゃって、
忘れたくないことを残しておくために、
思想とか感覚の種を雑に植えてみるように、
アタマのゴミ箱の中味をひと掴み、
webのお皿の上に載せてみる。
毎日(分)書かなくたって、いいさ。
もう、読んでもらうために書くわけじゃない。
「いちおう、残しておくために」
ただそれだけのこと。
オモシロクもなくて、
「毎日新鮮」でもなくて
「言いたいこと」があるわけでもなくて、
何の役にも立たなくて、
期待されても応えない。
写真貼るのもリンクつけとくのも、
めんどくさいから、いいや。
もし知らない単語が出てきたら、なにか気になることが書いてあったなら、
そこから先は、どうぞ自分で調べてくださいな。
めんどくさいので、スミマセン、親切やめます。
最近はもう、
楽しい仕事がやらせてもらえて、
変化しまくるコドモといつでも一緒にいられて、
自分と家族の未来が、以前よりも少し明るい方向に向かっているなという実感があって、
慕って来てくれる若者がいて、
自由に興味のおもむくままに時代の匂いを嗅いで、
読みたい本がそれなりにあって、でも読まなくてもいいやとも思えて、
そんな暮らしをできているのが十分楽しくって、
だから、べつにいいんですね。
日記を通して、誰かと繋がらなくっても。
僕はここにいるよと、ムリには言わなくっても。
林の中を、先へ先へ、光が見えた方に自然に体が向かうように、
説明しているより先に、
行ってみたいのです。
その道すがら、手が勝手に、触れた葉っぱをひと掴み引きちぎって、
握りしめながら掌でそれを確かめて、後ろ手にポイと捨てる、その程度に、
アタマのゴミ箱からひと掴みしたコトバを、
ぱらぱらっと道にこぼしていくくらいに、時々の戯言。
そんなんだったら、時々書けるかもしれない。
・・・し、ほぼ毎日書いちゃうことだって無くはないかもしれない。
さーて、そんな感じで、
なんかすっきりしたし、
じゃぁ、ひとまずさようなら。
なんか、すみません。サービス業になりきれなくって。
ひとを楽しませるのも好きだし、
読んでくれる人がいるから書ける、というのもあるんだけど、
これからしばらくは、
ただ勝手に書いて、置いておく、だけのところにしておこうと思います。
読んでくれる人がいても、いなくなっても、
書くことへのモチベーション・プレッシャーがぜーんぜん変わることがない、
なんだろう、
今までが『フリマ』だとすると、
これからは、
『やる気のないガレージセール』とか『野菜の無人スタンド』とか。
通り道で見てもいいし、見なくてもいいし、という程度。
ましてや、それを目的にして来る人なんかいない。
それにしても、まぁ・・・ずいぶんとダラダラ書いてしまったな。
じゃぁ、まとめとか考えずに、
ここで終わりにしちゃおっと。
2007.09.27 (thu)
「負けて出てくるような店が、吉祥寺にはもう無い気がする」
今日そんな話しをした。
店主の世界が一度や二度のお客には到底理解できない、"超えちゃってる"お店。
ヨドバシカメラのオープンが、これにトドメを射したことになるような気がする。
(僕も大歓迎していたクチではあるんですが・・・)
西荻では、負けて出てくるような店はまだまだあると思う。
ま、それでも吉祥寺が好きなのだ。
さーて、どうなっていくんでしょうねぇ。
いつまでもヘンな個人のエネルギーが発電している街であって欲しいのう。
渋谷化しそうでちょっと心配。
(またしてもwebの更新が止まりがちですが、ふつうに元気ですのでどうぞご心配なく)
2007.08.19 (sun)
「食品や生活用品を買うため専用の、商店街でしか使えないような通貨が必要なんだ。
『経済』という一括りの世界では、金だけ集めている人に、庶民は一方的な負けかたをするだけ。
お金は淋しがり屋、なんて言われてるように。
だから、一方でお金集めのグローバルな経済はやっててもらって構わないけど、
そこに巻き込まれない、物々交換レベルの『世界に通用しないお金』の仕組みも一方で必要なんだ。
それが『地域通貨』の役割なんだよね」
久しぶりに顔を出した隣町の地域通貨研究会の飲み会。
コミュニティーセンターの集会室で、一品持ち寄りのおでん食いながら、
団地のオッチャンがこんなことを話してくれる。
すごいなぁ。ホントすごいなぁ。
2007.08.18 (sat)
「足りない、まだ足りない」
足りないものを埋めるために、
いつも気持ちはせわしい。
自分で蹴ったラグビーのボールを、自分でキャッチするために必死で追っかけてる感じ。
なんでかなぁ、と思っていて至った結論、
『なんだかわかんないけど、とにかく前に進みたい』
そういう性格のひとみたい。ワタシ。
2007.08.17 (fri)
自邸(兼事務所)を建てるための土地探しを再開。
パパッと見つけて、来年の夏は新居ですごしたい。
2007.08.16 (thu)
スタッフ・オープンデスク希望の人達全員と会ってみている。
ホント、色んな人が来る。
建築が好きだったけど、設計事務所というところでやっていく自信が持てない人、
お坊さんみたいにキレイ水が流れてるんだけど、建築というドロドロした世界には合わないだろうなという人、
ボーッとして、悲しいくらいに残念な社会人経験者。
最低限の身だしなみってあるでしょ?と言いたくなるような若者。
みんなバラバラだけど、一様に自信がなく悩んだり迷ったりしている。
面接中話しは流れ、いつしか人生相談になっていく。
なーんでこんなにモヤモヤを抱え込むしかないのだろう?若者って。
過去の自分を思い出す。
自信喪失は自分を喪失させる
。
焦りが産む、背中をベトつくイヤぁーな汗の感覚。
何者でもない若者だった。
何者かになりたくて、でも、入口が見つけられなくて、焦った。
何者でもないことに慣れていくのか、
這ってみて初めて草に埋もれた入口を見つけて、顔まで泥だらけになりながら穴にもぐり込んでいくか。
用意されたドアなんて無い。
それがわかったのは、そういえば最近のことかもしれないなぁ。
2007.08.06 (mon)
スタッフとオープンデスク募集のお知らせをアップしました。
興味あるかたはご覧ください。
最近、設計を仲間と共有することの楽しさを、
設計屋仲間とやった吉祥寺のレストランラグーンのリニューアルや、
5月から来てくれた最初のスタッフのおかげで知りました。
やはり自分のやりたい事務所の理想の姿は、
体育会系のようなトップダウンの組織ではなくて、
バンドに近い(ニールヤング&クレイジーホースとかスガシカオ&FamilySugarとかさ)
互いへの敬意で成り立っている共同体なのだという気がします。
さて、そこへ向かう第一歩。
たぶん、今がsurvival designの一番オモシロい瞬間だと思いますわ。
(まぁ、自分で言うのもナンですけど・・・)
バンドだって売れる前の小さいライブハウスでやってたときが一番オモシロイでしょ?
設計事務所未経験の人でもかまいません。見込みがあればグイグイ育てます。
しつこく食い付いてくるガッツのある若者に会いたいのう。
2007.08.05 (sun)
『淋しいと甘えた時代』と感じている。
他人だらけの淋しさが霧のように包んでいる世の中。
いろんな表現者たちをみていると、
音楽は抑揚もなく韻を踏みながら淡々と歌い、
物語たちは日常の些細なズレと小さな幸せをそっと描き、
写真は世界を白く淡くぼかして写し出す。
「淋しい淋しい、・・・でも、いい。
時々小さな優しさも見つかるから」
そんなことを言っている気がする。
毎日洗濯したシャツが着られて
「自分探し」だなんて言ってらる世の中に暮らしている、
そのありがたさはすっかり忘れてしまって、
「淋しい、淋しい」「・・・でもいい」
と、甘えている。
良いとか悪いとか意見するつもりはないけど、
僕は今の時代の空気を、
『淋しいと甘えた時代』そんな風に感じている。
(オレは全然淋しくないけど)
2007.08.03 (fri)
2ヶ月仕事を手伝ってくれた子から「辞めます」とメールが来た。
もうちょっとなんか、
最後に気の効いた言葉でも、優しい言葉でも掛けてあげられたらよかったかなぁ。
もうちょっとなんか、
上手に育てていってあげられればよかったなぁ。
水をあげすぎて枯らしてしまった時の気持ち。
人の使い方を、これでひとつ覚えたわけだけれど、
こんなことを繰り返しながらしか、上手にならないのだろうか。
久しぶりに、かなり凹んだ。
そしてこんな時に飲みに付き合ってくれる陽気で年上の友人は、
ホントにありがたい。
「そりゃぁさぁ、辞める奴はどう付き合ったて辞めんだからさ、
まぁしょうがないよねー」
サンキュウ。
さ、気持ち切り換えていこっと。
2007.08.02 (thu)
だれでも、『自分が普通』だと思っている。
でも、「自分はちょっと特殊な人」だと思っておかないと、
まわりにムリを強要していくことになる。そのつもりはなくても。
中小企業の社長はワンマンだったり、
「オレが若かった頃は・・・」と、押し付けがましかったりする。
僕もいつもそう感じてきた。
いま僕が人を使う立場になってみて思うのは、
いつも、二言目には、「オレ、ヘンだからさ・・・」という前置きが必要だな。
自分じゃ『いつも"普通"をちゃんと維持しようとしている』と思っているだけなんだけど。
でもその維持のために、自分で船を漕ぎ自分で舵も取ってきたというのは、
それなりに、けっこうなことなのだろう。
様々な波の具合や天候や潮やアクシデントに遭い、
そのたびごと、普通でないアドリブと普通でない火事場の底力を出さざる得ない状況のなかで、
やっと普通を維持してきた実績、ということなのだ。
『ボーっと生きてる人の10倍の人生』と、yo-kingは歌っていたけど、
そうなんだ。そういうことなんだ。僕らの普通ってのは。
2007.07.22 (sun)
ちょっとしたバリアが気にならないだけで、
自転車ってこんなにも快適なのか!!
いやぁスゲーよクロスバイク。
ペダルをクルクルっと回せば簡単にスピードが出るし、
ブレーキも良く効くので不安がないし。
歩道のちょっとした段差にもイチイチ気にせずそのまま乗り越えていける。
体がブレない安定した走りってのが、こんなにも快適だとは。
そしてなにより、
かるーく走っているのに、景色は後ろへすっ飛んでいく爽快さ。
たかが自転車、されど自転車。
タイヤ修理にちょっと立ち寄っただけだったんだけどね。
・・・まぁ、買ってしまいました。
こんにちは。クロスバイクの世界♪
(でも納車は2週間後・・・)
2007.07.21 (sat)
トコトコトコッとやってきて、
「パパ・・・、いつもほいくえん おむかえきてくれて ありがとね・・・」
いまにも決壊しそうな涙声で、娘が昨日のことを詫びにきた。
うんうん。そうかそうか。
オマエのオリコウさん具合に、とうちゃんも決壊しちゃいそうだぜ。
2007.07.20 (fri)
本日32歳になりました。
もう若者には戻れないよーん、と釘でブズリと打ち付けられたような気持ち。
原始寿命換算で、余命8年かぁ。
無駄に過ごしちゃダメだな。
さ、ケーキも自分で買いにいきますよ。
2007.07.18 (wed)
家族でジブリ美術館へ。
こんなに近くに住んでるのに、コドモを連れてくのは初。
2007.07.17 (tue)
民宿について考える。
民宿、・・・イタイなぁ。
楽しい楽しい家族旅行。
なのに、淋しい気持ちになる。
日本人の生活スタイルが平均的に底上げされてきたのに対して、
民宿は止まっている。
そのギャップが、こんなにも民宿を寒くさせている。
埋めようのないあきらかな溝に気が付いた、庶民の家族旅行。
一泊で切り上げてきた。
2007.07.16 (mon)
はじめての海
台風直後で水はキタナイし、寒いし、
結局、海には入らず。
2007.07.13 (fri)
先日カフェドランブルのオールドコーヒーに初挑戦。
こりゃぁ、コーヒー界の納豆だ。
(コーヒー界のチーズと言う方が上品か)
2007.07.12 (thu)
スタッフが来てくれるようになったので、
念願だった音楽当番を始めました。
2007.07.11 (wed)
ネクタイしないのがクールbizと言うのだそうだ。
クライアントとの打ち合せにも躊躇なくアロハで向かい、
暑いのだから半ズボンは当たり前。
我が事務所はこれをトロピカルbizと呼ぶことにしている。
2007.07.10 (tue)
写真家の保坂彩樹氏に頼んでいたラグーンの写真が出来上がってきた。
「パンフレット的なわかりやすい写真?
1カット撮ってみて、やめた。
須永さんが俺に依頼してくれたってことは、俺の写真でいこうと思って」
ぬぬぬ・・・。
ホームページ用の写真だっつーのに、『ザ・保坂彩樹の世界』な写真を持ってきてくれおって。
さーて、これらのネタをどう料理するか、悩むよなぁ・・・ホント。
でも彼はきっとそれを楽しみにしているわけで。
よし、その挑戦、受けて立つぞよ。
(ほんとにもう・・・。ま、オモシロいからイイけどさぁ・・・)
2007.07.09 (mon)
本日イントラレーシックをして1週間後の検診。
目ん玉くんもとても良い状態だとのこと。見え方も予想していたより良好で問題なし。
カルテをコピーしてもらったのでメモっときます。
□□□□□□□□右□□□□□□左□□□□□□
術前の視力 0.04 0.06
眼鏡での視力 0.8 1.0
度数 -7.00D -6.25D
乱視 0.00D 0.25D
利き目 左
術後の視力 1.5 2.0
角膜厚 0.569mm 0.568mm
フラップ厚 0.095mm 0.095mm
削った厚み 0.096mm 0.093mm
残角膜厚 0.375mm 0.385mm
暗所瞳孔径 ? ?
照射領域 OZ 6.5mm OZ 6.5mm
2007.07.08 (sun)
たかがドライヤーを買うのにも、須永家ではやたらに調べる。
こんな怪しいサイトやらもけっこう参考になったりして。
それで、いろいろ調べた結果としては、ソリス社製 311モデルのイオンドライヤーにした。
(311でもイオンじゃないタイプもあるのでご注意を)
『いろいろ』の内容を書くとキリがないので、割愛しますが、
執念深く調べただけあって良い製品のようです。
・・・のようです?
あ、ワタシいま坊主でして、実感できないのですよ。
2007.07.07 (sat)
「オレは認めないね。だってさぁ、あいつ、"趣味"なんかもってるんだぜぇ」
とあるベテランの建築家が、とある中堅の住宅作家のことを指して言った。
こういう不器用なかんじ、おっかしくて好きだなぁ。
2007.07.06 (fri)
吉祥寺の家具屋さんtransista絡みのメンバーで、
飲む。
皆それぞれに、“次の展開”を考えながら、“今”をつくっている。
リスクと希望を常に自分で引き受ける。
これこそが自分で仕事をする醍醐味、Live感だよなぁ。
2007.07.05 (thu)
目の手術後、はじめての晴天。
自転車で走っていると、遠くに光に照らされて緑の木の葉がキラキラ反射してるのが見える。
なんんって、キレイなんだろう!
世の中って、こんなにも美しかったのかぁ・・・。
今まで眼鏡とコンタクトで見ていた世界は、じつはずいぶんぼやけていたんだなぁ。
何でもない風景ですらこんなにも美しのなら、
今までに感動した景色は、もっともっと美しかったことだろう。
あぁ、見えるようになった目で、もう一度すべての旅行をやり直してきたい。
2007.07.04 (wed)
どうせなら敷地は晴れている日に見たいものだが、
雨の日も見ておくと、気持ちよくない日の状態が確認できるので、
まぁそれもよし。
2007.07.03 (tue)
石のような建築でも、
木のような建築でもなく、
僕がつくりたいのは、草のような建築。
2007.07.02 (mon)
はじめてのお給料。
もらう方じゃなく、払うほう。
はじめてのスタッフ。
こちらも不慣れなので、きっと向こうも大変だろう。
仕事は遊びじゃないけれど、
限りなく遊びに近い面白おかしさで、モノを産んでいくスタイルがつくれたらいいなと思っている。
たぶん大切なのは、一人一人が、自分の責任で行動すること。人のせい・廻りのせいにしないこと。
仕事中にインターネット見てたってイイし、
抜け出して映画を観にいったってイイと思う。
要は上げるべき仕事を、確かなクオリティでアウトプットして、
なるべくならいつも笑って軽やかな心でいること。
いまのところ、僕の思う仕事についての唯一のタブーは、
『セコい』こと。
これだけは、いけない。
失敗しても正々堂々と。
さぁ、がんばってくださいな。
・・・オレも。はい。
さて、削った目ん玉くんのほうは、翌日検診にて視力は左右とも1.5。順調です。
(視力計る表って、1.5の次は2.0なんですね。そんなこともはじめて知りました。)
2007.07.01 (sun)
ぉお、見える!
なーんだ、ワシの目ん玉くん。
出来る子だったんじゃないのぉ!
いやぁ、10歳のころから近眼だったから、
「まぁこの目ん玉はしょうがない」と思い込んでたけど、
いやいやどうして。裸眼でちゃーんと見えてますよ。
いままで、キミの能力を活かしてあげてなかったんだねぇ。
キミぃ、隠れた才能は、隠したまーんまじゃダメなのよぉ。
よかったねぇ。医学の進歩に感謝だよ。これからはウンと世界を見まくってくださいな。
それにしても、目ん玉の手術って、たった10分程度のものだけど、
かなりSFチックな体験。映画『ザ・フライ』を思い出した。
安全の確立された医療行為だとアタマじゃぁ解っちゃいるけど、
巨大なマシーンに寝かされて、スペシューム光線でも出てきそうなアームが顔の前に迫り、
まぶたをムリヤリこじ開けられ、目ん玉にグリグリ器具がハメられ、
突然視界が真っ赤な電飾で覆われ何も見えなくなり、
後方から看護婦さんの緊迫した声が飛んでくる。
「照射しますっ16秒!」
巨大なマシンが「ングォオオオオ!」と、
手術室ごとテレポーテションしそうな勢いで唸り出す。
そして、なすすべもなく、ただ丸太ん棒のように横たわるだけのワタシ。
あぁ、か弱き実験動物の気持ち。
(あ、目ん玉 焼けてるニオイがするよ。・・・目玉焼きかっ!)
「60%完了!・・・残り10%!・・・OKっ!」
「ングオォゥォォォ・・・。」
この異常なシュチュエーションが、・・・ちょっとコワかったわ。
解っちゃいるけど、頭の中は軽ーいパニック。
ま、今となっちゃぁ、無事に、見える目になったから、・・・良いんですけど。
・・・ええ。
その感動は、銀座の横断歩道を渡りながらひとりで笑っちゃうくらい、
いや、ね。見えてんですよ。
まだポヤーンとしてお見合い写真のようなソフトフォーカスではあるけど、
視力0.0ナントカだった目ん玉くんが、
いま確実にひとりで、横断歩道を渡れてます。ははは。
『はじめてのおつかい』ってこんな気持ちだったかしら。
いやぁ、すごいね。現代の医学は。
目の中にレンズを入れちゃうコンタクトレンズでぶったまげてから、まーだいくらも経たないうちに、
目ん玉を削って、視力を合わしちまう時代になっちゃったんだから。
こんなこと、じーちゃん・ばーちゃんには、話したって通じないだろうな。
でも、あれだね。
これから受ける人は、多少は覚悟した方がいいよ。
思ったほど痛くはないけど・・・ちょっと、怖いよ。
『ザ・フライ』になっちゃう感じだから。
トラウマにならないといいね。
はぁ・・・。
さ、もう寝ようか。目ん玉くん。
今日は疲れたろ。
2007.06.30 (sat)
『見えない目』ともお別れ。
「同じ場に存在しながら、参加していない」
この『外す』という感覚が、これからどうなっていくのだろう?
こう考えてみると、見えない目もけっこう好きだったな。
ひとりの世界にいて、でもひとりじゃない。
ぼやけた世界。
もちろん、不自由もたくさんあるからこそ手術をすることにしたのだけど。
31年の間に身に付けてきた、明るさ暗さの感覚・色彩が、手術によって多少は変るのかもしれない。
人・物事との距離のとり方も変っていくのかもしれない。
体に馴染んだことが変ってしまうのは少し怖いけれど、
それよりも、もっと良くなっていきたいんだな。
2007.06.29 (fri)
藤森照信展を見てきた。
東京大学という権威の中枢で、
超一流の建築史の学者が、
あんなしょうもないことを堂々とやってるってことが、
すごく救いなんだよなぁ。
いまだに学歴と徒弟制度がハバを利かせてる息苦しい建築界で、
あの人の硬さと緩さが、誰にとっても嬉しいのだと思う。
2007.06.28 (thu)
レーシックを受けようかと思う。
近視の目ん玉をレーザーで削って、遠くを見えるようにする手術。
ただ、心配なのが一点。
いままで、メガネを外して建築の模型に目をピッタリつけて覗き込むと、
まるでその中に自分が入っているかのように疑似体感できたのだが、
レーシックやっちゃうと・・・。
今日、検査・診察の際に訊いてみて分かったのは、
どうやらそういう「極端に近いところにピントが合う」というのは、
ド近眼の人特有の現象なのだそうだ。
もとから目のいい人やレーシックで視力を矯正した人は、
模型からは10cm程度目を離してあげないと、ピントが合わなくなる。
ということは、疑似体感の感じはだいぶ無くなってしまうってこと。
「んー、近眼で良いような、悪いような・・・」と悩んでいたら、
先生が眼科用のルーペを貸してくれた。
メガネの上から当ててみると、
「あ、見える!目から3cmでもピントが合う!!」
「じゃぁ、もっと高い倍率のを貸してあげよっか」
「ぉお!みえる!裸眼で見るよりもっと間近でも見える!!」
・・・というわけで、懸案事項はめでたく解決。
よし、バイバイ ド近眼。
気持ちは固まったぞ。
2007.06.27 (wed)
『若い』ってすごいな。
建築の設計屋は四十代で若手と呼ばれたり、新人賞とるのが五十代だったりとかで、
三十代のスナガなんてのはヒヨッコもいいとこピヨピヨ扱いなのだか、
そういうなんかひねくれた感覚の『若い』ってんじゃなくて、
20代前半、学校卒業したばっかりです。って言うくらいの『若い』。
『若い』っていいなぁ。(と、言ってしまう自分にもちょっとショックだわ)
学校も卒業して、もうガキンチョじゃぁないけど、
まぁ仕事らしいことは なーんにもできない。
なんにもできないけど、すぐにいずれなんでもできるようになっちゃうだろうと予感させるなんかオーラみたいなもんがあって、
おまけに肝っ玉がすわっている。
22歳。
いいなぁ、なんにもできなくて。
いいなぁ、これからなんでもできるようになっちゃうなんて。
2007.06.25 (mon)
『国際電話がとーっても安い』という点が気になって、
今さらながらスカイプのことを調べてみた。
スカイプという名だけは知っていたけど、以前家電売り場でホリエモンのポスターを見た時点で
「この手のモノはオレに関係ないな」と思考停止してしまっていたのだが、
もうあれからずいぶん経つ。
インターネット回線を使って無料で電話・FAXの送受信ができても良さそうなもんだ。
新しいインフラくらいのレベルになったのかなぁと思って、
色々検索で調べる調べる。
うんうん。はいはい。それでそれで。
んー、つまりは・・・やっぱりパソコンの前でしか使えない電話ってことなのね。
人間同士のコンタクトには
1.「こんちわー、いますー?」の来訪から、
2.「拝啓、いかがお過ごしでしょうか・・・」の手紙、
3.「もしもし、△△くんは今いますか?」の電話が出てきて、
4.「ピーィイイイ、ゴーォォオオオ、」のFAXも使えるようになって(電報ってのもあったな)
5.「もしもし、今どこ?電話してて平気?」なんてケータイのおかげで首に鈴が付いて、
6.「こんばんは。まいどです。」って眠たいアタマでメールの返事書いての義理立て、
7.「今、電車でーす。5分後に着きまーす」ってケータイメールの実況中継、
8.「ねぇ今、何してた?」ってネットでチャット。
9.「あー、それわかる。でもさぁ・・・」ってブログにコメント。
いやぁ・・・・・・、
・・・便利な世の中になりましたっ。24時間ウェルカム
んー、でも、チャンネルばっかり増えてるけど、『ワタクシ』はいつの時代もひとりなんだよな。
説明書とか不具合とかスレ違いとか誤解とか、色々なことを今以上に増やしたくないなぁ
チャンネルが増るほどに、誤配が増えていく気がする。
そういや国際電話、今まで掛けたことないし、
テレビ電話のために服を着替えるのもなぁ。
・・・という思考の結果、やはりスカイプは僕には不要だという結論に至りました。
いままで通り、『8.Eメール』まででワタシは大丈夫。ダイジョウブ。
(スカイプってパソコンの電源が入っている時にしか使えないってことですよね??
僕の解釈、もし間違っているようでしたら詳しいかたどうぞ教えてやってくださいな)
朝起きてパソコンのスイッチいれて、寝る直前に切ってっていうような、
電源が入ってないと日常生活が送れないような状態をつくりたくないんだなぁ。
だってオレ、サイボーグじゃないもの。
2007.06.21 (thu)
レストラン ラグーンがオープン。
開店初日っから関係者でプチ打ち上げ。んー、開放感♪。幸せ。
住宅の設計と違って、商業建築は気が向いたらいつでも遊びに来られる。
これがなんだかすんごく嬉しい。
2007.06.09 (sat)
更新がとびとびですな。
経過の報告をする間もなく、吉祥寺のレストランがもうちょっとでオープンします。
(こんなに楽しい仕事は後にも先にも無いような気がします)
そのレストラン、ラグーンは八幡神社の西向かいにある、
イタリアンとワインを中心にした、小さめのレストランです。
11年目を迎え6月21日にリニューアルオープンします。
それに伴って今、女性のホールスタッフを募集してます。
もし興味がありましたら、またいいお知り合いがいるようでしたらぜひご連絡ください。
お仕事の内容は主に接客です。(さりげない もてなしのレストランになるといですねぇ)
これから一緒にお店を作っていってくれる気持ちのある方であれば、接客の経験は問いませんので是非!
オーナーシェフは、素朴でシャイなかたですが、
料理の味には優しさとハッとさせる華があります。
お店の雰囲気は、気取らず隠れ家的で穏やかな時間の流れる、そんなお店です。
この時間の止まり具合は、いままでも、きっとこれからも変らないことでしょう。
ホールスタッフ募集について詳しくはラグーンのHPをご覧ください。(まだ制作途中ですが)
建築空間としては、みんなでアイデアを出し合ってつくってきただけあって、
けっこういい雰囲気の空間が出来上がっていると自負しています。
あとはこれから、オーナーシェフとスタッフさんとで、
いいお店に育てていってくれるといいなぁと思っていますので、
どうぞよろしくお願いします。
もちろん、僕もちょくちょく寄らせてもらおうと思ってます。
2007.06.02 (sat)
レストランの設計、吉祥寺の仲間を集めて、
なんだか、すんごいオモシロい。
プロによる学園祭だな。
これは。
2007.06.01 (fri)
問題なく生きてます。
いろんなこと、順調です。
更新だけが、ちょっと不調ですけんども。
さて日が暮れたら新文芸座に気になってた映画を観てこようっと。
さて、5月のDailyはこちらか、
右のバックナンバーメニューからどうぞ。